2012.01.25 Wednesday
犬社会のしくみについて解説していたとある番組で、
小さなチワワが大きなシェパードにぎゃんぎゃんと吠え掛かっていき、
若いピットブルにたしなめられる光景、というのを見ました。
小さなチワワは、支配欲と独占欲が強くて世間知らずだったので、
どっからどー見ても、タイマンはったら一口でパクンとかみ殺されちゃうほどの相手に
威勢よく向かっていっちゃったのでした。
3犬3様、深く感じるところあり・・・で、なにを深く感じたのかさぐってみました。
チワワへの共感については、わたしの場合、支配独占権て言うより
自己顕示欲とか注目されたい欲求による無茶無謀なオイタの数々を思い出します(赤面..)
なんちゃって、殊勝ぶってみましたが、ほんとはちょっと、思い出すとほのぼのします。
あれほどの気力が、今でもあったらなぁ。もうちょっと賢くスマートに使えるんじゃけど。
☆
人生(といっても今生、せいぜい50年弱ものですが)のなかで、
本気モードでフル回転してきたなぁ、と感じています。
だからチワワ時代の赤裸々さは、人様の比ではありませぬ、と自認しております;
本気スイッチ何回も何回も押してきたので、本気スイッチ早押し大会とかあったら
けっこういいとこ食い込むんじゃないかと思ったりしてます。
ハドウホウ装填準備の真最中にさらに2発目3発目準備〜!
艦長〜もう無理です〜みたいな修羅場も何度かありました。
たぶんこれからもあると思います。
えーと、もしかしたら今現在もハドウホウINGなのかもしれません。
その時々のテーマに沿って
メいっぱい、生きてるなぁって実感が、いつでもあります。
それは日々のいろんなことに、できるだけ後悔をのこさない感じです。
・・・なんかかっこつけた言い方になっちゃってますでしょうか。
もちょっと実感に近い言い方にするなら、本気スイッチ押しすぎて
スイッチのON・OFF機能壊れてるのかも・・・って感じです。
だから若い時分の、気力満載チワワ時代
実力も経験値も未熟ながら、自己等身サイズを謙虚に知ることよりも
自己の可能性をどれだけ広げられるかに、力注いできちゃったと感じてます。
もちろん何度もパクンと食われましたし。
痛いし辛いし苦しいし、かっこ悪くて恥ずかしかったです(笑)
いや、それ今だにどっか、そうかもしれません。
いまだにチワワやったりして、ぎゃーってなるとき、あります(爆)
☆
その犬社会では、ピットブルもシェパードも
チワワを手下にしてジワジワと搾取し続けることはありませんでした。
だからチワワは、たしなめられることで心に平安をとりもどします。
ストレスやプレッシャーによる弱体化みたいなことは起こりません。
社交性がなかったり、独占欲が強すぎたり、
精神が不安定な個体が群れに入ってくると
群れ全体が、その不安分子にいい影響を与えて、
いち早く穏やかな、いつもの状態にもどそうとするのです。
☆
年をかさねるとシェパードの役回りも時折味わうことがあります。
ピットブル役は、口出したくて手も出したくて、めちゃめちゃ疼く時がありますが
タイミングとか、その群れにどれだけコミットしているかとか、かなり判定がきわどいです。
そしてまた、咬み加減といいますか、切りこみ加減といいますか
たしなめ加減ていうのがまたむずかしいものだ・・と感じています。
不安による妄想が過ぎるチワワには
シェパードがパピヨンくらいにしか見えていないのでしょうから
「えーっ、自分シェパードなんですけどぉ」みたいな自尊心のキズはどうするのか、とか(笑)
そのあたりをさくっと、こだわりなく通過できるようにしないと
絶妙な力でパクっと咬みつくのはむずかしいんだよね。
嗚呼、早く大人になりたい(と切に願う、ヤバシ、アラフィフ)

















